ウィリアムのいたずらの、まちあるき、たべあるきーPART2

gooブログ「ウィリアムのいたずらの、まちあるき、たべあるき」がお引越ししてきました

Java30年のお話を聞いてきた

JJUGで、さくらばさんのお話聞いてきた。
内容は、Java30年の振り返りって感じのお話。
途中メモしきれなかったので、
抜けてたり、間違っているところあるかも!
ごめんなさい。

ってわけで、シェア



■Java30周年記念!Javaの30年を振り返る

1995年 Java発表

1990年から話す

Java前史
興隆
停滞
再興

・前史
Greenプロジェクト:情報家電向けプラットフォーム
 STB(セットトップボックス)
 PDA

 ビルジョイ(BSDをまとめた人)とジェームスゴスリン
  ビルジョイはスポンサー的:viを作った人、csh

 ジェームスゴスリン:Gosling Emacs,newsの作者

  UNIX :Sun VS HP

 GreenOS:
  言語Oak

どこかに売り込みたかった→プロトタイプ スターセブン(*7)コンピューターヒストリーミュージアムにある
 デモはYouTubeにある
 Duke登場(DukeはJavaより古い):名前はなかった(通称Fang(牙))
 日本の家電メーカー(東芝)とか行脚、3DO→採択されなかった

情報家電→Web+Applet
 1993 NCSA Mosaic
 Oak商標問題→Java 1994
  キムコレーゼ、(Fangから)Dukeと名前決める
  
 Sunのスローガン:Network is the Computer ジョンゲージ

 Javaのスローガン:Write once run eveywhere
 1995年5月23日 SunWorld 基調講演でJava発表
 マークアンドリューセンがゲスト:NetScapeがサポート
 JDK1.0アルファ HotJava
   1.0ベータ



・隆盛期
 1996.01 Java1.0リリース
  パッケージ 8個、クラス図211
 91 Python
 95 Ruby
 95 PHP
 1996.3 NetscapeNavigatorがスタート
        LiveScriptがJavaScriptになる

 Java One 世界最大だったJavaカンファレンス
 当初:Sunマイクロシステムズ+ZDEvent共済
 現在:Oracle単独開催
 1996年1回 サンフランシスコ
 日本での開催:2001、~4回
 初代:ジョン・ケージが司会
 Effective Java;Javaoneのセッションだった
 Tシャツを投げる
 当初はもりあがった

1997 Java1.1
 内部クラス/匿名クラス
 国際化
  (かざまさん:現在和歌山大学、TeXの日本語化、でゅくれれの発案者)
 JIT(シマンテック)

1998 Java2
 J2SE(バージョンは1.2)
 エンタープライズ、マイクロエディションが入る
 EJB、Servlet/JSP
 CDC、CLDC DOJA(MIDP)
 ロゴ変更:携帯で出ないから?

ビジネス用途への取り組み
 Appletによる業務システム
 ex) oracle ネットワークコンピューティング(1996)→失敗
  問題:ネットワーク帯域、CGIパフォーマンス

 サーバーサイドJava
 1996年 JavaOne BOFで
 jeeves
 1999 jakarta Tomcat
 1998 IBM サンフランシスコプロジェクト
  ビジネスロジックの部品化→失敗


・標準化
 1997 Microsoft提訴
      独自拡張:delegate,ActiveX連携

   ~2004和解(SUNかつ)

 1998 Java Commnity Process(JCP)
 ISO,ECMAおそい
 JCP:さきがけてあった
   少数のエキスパート

 2004 J2SE 5.0 コードネームTiger
  JavaOne 2004で発表(トラの赤ちゃん)
 マーク・ラインフォールドがスペックリード
  EOD(Ease of Developing)
  ジェネリクス:マーチンオデスキー(すから作った人)
  あのてーしよん:
  タイプセーフenum
  コンカレント
  ユニコード:奥津さん
  JMX



・急落
オープンソースの台頭2000年代初頭~
 TomcatがサーブレットJSPの実質RI

 隆盛期のコミュニティ動向
  1995 Javahouse ML(高木浩光)
  1996 Javaカンファレンス(溝口先生:当時理科大)
  1998 Javaコンソーシアム→3年後XMLコンソーシアムへ
  2000 Ja-Jakarta Jakartaプロジェクトの翻訳
  2003 Seasarプロジェクト
  2006 Java-ja
  2007 JJUG 丸レクに集まった人

・停滞の要因
  1。Sunの業績悪化
   .comバブルはじける→Oracle入り:
    Java One 2009 ラリーエリソンが来る
  
  2.Javaの方向性
   関数/クロージャー
    クロージャー2008あきらめる
    ブライアンが出てきて2009 ラムダ
   パッケージ/モジュール

 2014年3月 Java8リリース

 2006年 OpenJDK
   Java7がターゲット



・再興期
 Java8 プロジェクトラムダ
  プログラミングが変わる 
 Java9 リリースモデル変わる
 未来的には:より宣言的

 JJUG 13000人